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今の休みを利用しまして、久しぶりに映画鑑賞をしました。



もう一つのブログでも書きましたが、ディズニーのアニメ映画「WALL・E (ウォーリー)」です。
実は「ファインディング・ニモ」が上映された際、海外CGアニメに興味を持って一度レンタルしてみようかと考えていたのですが、良い歳のオヤジがアニメコーナーに入るのはエロビデオを借りるよりも恥ずかしいもんでなかなか踏ん切りがつかなかった記憶が在るのですが。今回はわりとすんなり、新作と云う事も合ってディープな日本アニメの奧を掻き分ける事もなく手の取りやすい場所にあったので借りる事が出来ました。

元々、実を言いますと僕自身映画って好きなようで嫌いだったりする所が有ります。特にハリウッドNo.1と云う謳い文句が有るとテレビの洋画劇場でも敬遠してしまうきらい(要はA級なんでもニガテのサブカルキッズ症候群)が有り、また、邦画についてもやたらと無意味な間や音楽挿入が入り小気味良さとは対極にある「日本の様式美」を意識した映画作りがニガテで、結局ほとんど自分の好きな映画しか見ないままに人生が過ぎていたんですが。
なかなかどうして、久しぶりに見た新作映画「WALL・E (ウォーリー)」は上記の洋画・邦画の持つ敬遠を促すサインも無くすんなり世界観に入り込む事が出来、見終わった後には涙も困惑も無くすんなりと受け入れて考えさせられて、そして少しだけホロリとさせてくれる『簡単な映画』だったなと感心させられました。

いや、『簡単な映画』と言いますとなんとなく馬鹿にした言い方の様に聞こえますが、正直本心からの褒め言葉です。また、展開も早くポンポンポンとお話が進むので見る側にとても優しい映画でもありました。
内容は説明してしまうと見られていない方にとっってはつまらないかなと思うので敢えて省かせて頂きまして、所々感慨深く思わされた所を書かせて頂きますと。

「WALL・E (ウォーリー)」の世界観の中では「ロボットが人間と化し」「人間がロボットと化している」所に子供さんと一緒に閲覧している大人へのメッセージが含まれて居る様に思いました。
主人公のウォーリーならびにヒロインのイヴ。そしてモーに並ぶ故障したロボット達。其の全てが非常に「人間らしい感情の豊かさ」を持ち、逆に作中に出て来る人間のほとんどが自らが人間である事を忘れてロボットに世話をさされてモニター越しにしか物を見る事の出来ない「有機ロボット」と化していた所、ここを見受けますと現代の人間がインターネット等で得た「自由」「ノンボーダー」と云う者の謳歌が逆に人間性を失う原因を造っているのでは無いか、本当に肌と肌を触れ合わなくては人は人ではなくなってしまうと云うメッセージの様に受け取りました。
また。本当に良かったなと思う所は、ウォーリー自身がバグ機(感情を手にしてしまった)であり、他のバグ機・故障機と同じくイヴ自身もまた(映画での言及は有りませんので僕自身の思う所ですが)バグ機であった、感情豊かに自身を表現出来た事、皆と同じ『ロボット』では無く、一人の神経質ながらあも可憐で純粋な少女として感情を発露させる姿に普遍で在る事へのアンチテーゼとでもいいますか、身の回りの全てを世話するロボットが間違いと云う訳では無いのですが、心を豊にする事で世界も運命も逆転させる事の出来る事を教えてくれているのかな?と、受け取りました。

また、日本版PVでいかにも「泣かせる演出」で構成された映画の様に紹介していましたが、決してお涙頂戴な作りではなく、当たり前の事を当たり前に映像にし、其れを子供は子供なりに大人は大人なりに咀嚼出来る様に構成された内容であった事にも特筆すべき点の様に思います。

北野武が以前「最近の日本人は『泣きたい映画がみたいよね』と言うけども、泣く為に映画を見る奴はバカ。」と言っていた記憶があるのですが、すなわち其れは、自分本位に泣くために映画を見る行為、其処に相手の心情を慮る事が出来ない手前勝手に今を生きる現代人の悲しい性が現れ、且つ、其の性にあわせて映画を作成する事で巨万を得る映画業界のさもしさの現れが出ているなと思うのですが。。。。
この映画は上記しました通り「当たり前の事を当たり前に伝えているだけ」の内容のため、涙を流す必要も無く世界観にのめり込む事が出来た所も非常に素晴らしかったと感じました。

あと、wikipediaにも記載されていましたが、館長が自身の足で立ち上がろうする其の瞬間、ツァラストラウはかく語りきが流れ、2001年宇宙の旅のオマージュだなとニヤリとさせられるシーンも有りました。(あと、ウォーリーの起動音やイヴの体つきを見ますとスティーブ・ジョブズの顔が浮かびます)




最後に、悪役「オート」の存在について。
イヴや其の他のロボットは恐らく700年間の内にロボット作成システムみたいなものが利便に応じて作成した後世のロボットであると過程しまして、其の元素となる万物の操舵手あったのがオートなのではないかと思いました。
彼は最初の艦長からの命を忠実に守り、人間がよりよく「機械的に生かす」為に尽力した、最もロボットらしいロボットの様に思い、彼の700年と云う幾年月長い月日にも、ある一定の敬意を、この作品を観た子供達には持って欲しいなと個人的には思う所でした。
オートが居なければ(バタフライ効果的な内容ですが)恐らくは地球に帰還の理由を存じる事は出来なかったと思いますし(地球帰還の理由を指揮したのは作中では表現されていませんが、恐らくオートが指揮しています)何より、全てのロボットの系譜を辿るとオートに行き着く所、其処からが全てのスタートであり彼無くして人類の700年の軌跡は無かった事に実はお話のミソが在る様に思えました。
そして、彼自身も他のバグ機とは違えど、「人々を守る」と云う感情を持って蛮行ともとれるアクションをおこしたのでは無いか?と。彼自身は初代艦長からの命の中に己が己である云う確証を見いだしていた様に僕には思えました。

人は物事を善と悪に分け2元で簡素に理解する事で自身を自身で在ると確証する所が有りますが、本当は自身と云う善と云う存在の向うにも「もう一つの善」たる存在が自己確証を持とうとしている事を知って欲しいなと思うと共に、其の自己の善を信ずるものがもう一つの善を蹂躙し世界が築き上げられる。そういった物悲しさもこの物語からは読み取れました。
そして、オートの敗因は恐らく「誰とも手を繋がず、独力のみで世界を維持しようとしたから」では無いかと。映画の最たるテーマの先に僕はオートの存在意義が見える様に思います。

もしお暇が有れば一度ご鑑賞してみて下さい。
恐らく涙を流す事も無く、非常に清々しい気持ちで映画を見終える事が出来る良作と思います。
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