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こんばんは、anpoliことhisakiです。

今日、とても自分にとって重要な選択をしました。
何はともあれ、人生とは前に進むことでしか路は開かれませんし、進まなかった人間が成功・・・いや、納得を手にしたと云う話は聞いたことが有りません。なので、残りの人生、悔い無く生きる為に他者からはただの無知の蛮勇・・・いや、ただの頭の弱い馬鹿としか移らない行動でも、其れが前進と信じて歩んで行こうと云う次第です。



そういや、 BUMP OF CHICKENのオンリーロンリーグローリーと云う歌の中に「選ばれなかった名前を呼び続ける光がある」とありましたが、僕は、選ばれなかったのではなくて、誰も選ばないから自分で選んだ。そして呼び続ける光なんて元から無かったのだから、自ら光りに呼びかけてみる。そういったコペルニクス的転回こそが、僕の様な馬鹿に一番似合っている様な・・・誰かが救ってくれる、白馬の王子様が向かえに来てくれる。そんな考えを捨てて、自らで自らを救いに行こうかな・・・と。BUMP OF CHICKENのファンの方々に大変失礼な物言いになってしまっていますが、一人の頭が弱く気色の悪いナルシスト(しかもキモいデブ)として、件の歌の逆を行ってみようと思います。
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こんばんはanpoliことhisakiです。



先日、友人と食事に行った際に、ここ最近の自己の在り方とこれからの身の振り方について色々と語る機会が有りました。
僕は31歳の中年に在るもかかわらず、困った時はつい他者の意見を求めてしまう頭の悪い大人の見本であり、其れを赤面も無く堂々とやってのけてしまう頭の弱い人間で・・・、しかも、折角の忠告・助言を拝聴しようとも其れに従う事の出来ないみみっちいええかっこしいの駄目な男です。

友人曰く「お前は元々心の強い人間では無い、他所の土地で誰も与り知らぬ身の上で働き続ける事は容易では無い、地元に腰を据えろ」との助言を頂き、二十余年来の付き合いから僕の身の丈を簡単に計る事の出来る友人の推察眼には頭が下がるばかりです。

全てにおいて、此のチョロいプライドが邪魔しているのも事実、しかし、其のプライドとは裏腹に心の弱さからくる自信喪失時の波の激しさ、確かに考えてみますと全て友人の言う通り「分を弁えて生きる」それこそが僕と云う矮小で脆弱で馬鹿な人間にとっての身の丈を全う出来る事柄なのではないかと・・・哀しいながら思い知らされました。

しかし。

格好悪い奴が背伸びして無理矢理格好つけようとしている姿は滑稽なのは十も承知ですが・・・せめて、死ぬ瞬間に「それでも良くやった方なんじゃねーか?」と思える人生を送りたくて・・・今日、大きな買い物をしてしまいました。
なけなしの貯金を崩してまで買ったそれには、信じられないくらいの虚栄をまざまざディスプレイで映し出すような・・・それほど(個人的には)大それたものなのですが、僕はシャットダウンした瞬間に見える黒い画面に映る自分の顔が、せめて虚勢でも見栄でも良いから「今よりも良い顔」であって欲しいなと望み、後悔無くお金を支払いたいです。

ピースはだんだん揃ってきた。そろそろ僕も動き出す時が・・・雌伏から一瞬だけでも雄飛に変える努力をすべき時が来たのかもしれません。

ただ、このブログを間違って開いてしまった若年・青年の皆様に申し上げたい事が一つ。

こんな大人にならないように、適度なプライドと大きな自信を持って、人生を邁進そして謳歌して下さい。

それだけです。
最近、『面白い』の概念がわからなくなっています。
誰が見ても笑う面白いやニッチな趣味の人だけが共有できる面白い、其れに単純に自分だけが楽しめる面白い。面白いにも沢山の形が在る事は存じてはいるのですが・・・過去の自分から比べて、その多種多様な『面白い』が全く見えなくなってきているな、と。何度か面白いに挑戦してみてはいるのですが、その場所を超える事はおろか行き着く事も出来ずに、脳内の『面白い』の定義の堂々巡りばかりをしています。

うーん。
恐らく、過去の自分は『面白い』の高み(所詮、自己満足ではありますが)を超えた事も何度か有ったりもするのですが、其の過去と現在を比べると、何個か問題点と言いますか・・・こりゃ、どんなに無い頭を捻っても『面白い』が出てこないだろう理由が幾つか浮かびます。

まず、自分に自信の無い人間にそんなものは生み出せません。更に、過去の自分は人との交流を今と比べるとかなり積極的に行っていたため語彙や思考の多様性を理解して吸収してきた事と、そして今の現状(人と会わず、話さず、コンタクトを取らず)を比べると心底辿り着けぬ理由が理解出来ます。

最後に、壊れた器に何度、他者の持つ語彙・思考・ドグマ・矜持、そういったものを汲み入れて行こうにも、ひび割れた器から汲み入れた側からこぼれ落ちてく事こそが一番の原因、すなわち心の器の崩壊こそが一番の原因なのだろうなと推測します。

齢を重ね人は利口になっていくものなのですが、それはしっかりとした芯と言いますか・・・器が存在する方にとっての事実であり、器の壊れた人間にとってはそういった『汲む』と云う行為よりも、まず第一に必要なのは器を『治す』事の方なのではないか・・・と、面白い面白く無い以前の問題で蹴っ躓いてるのだろうと考えております。

そう。
こうやって、胸の内に思う言葉を書き連ねる事も僕にとっては器を治す要素の一つになるのかもしれないなと想い、推敲せずに今思う所を書き記してみました。

それでは、誰も読んでない、そして読む気分にもならないし何の価値も無いであろう嗚咽を吐いただけなのではありますが・・・今日の所はこれにて失礼します。
また今日も一日が暮れてゆきました。
こんばんは、anpoliことhisakiです。

此処数日の間、これからの身の振り方を考えて色々調べ事をしている間にホームレス関連のYOUTUBE動画を見る事が多くなりました。



元々三年前に東京ぶらり旅をしていた際に僕が選んだ宿は上記リンクに在る、南千住駅から徒歩15分、山谷地区と呼ばれている場所で、国内有数のドヤとホームレスの街としてディープ界隈の方々には有名な空間であります。

其処を中心として調べるにつけ、ホームレスになる理由として大きく分けて三通りの人々がいる模様で。


1.自由に生きた末の安住の地としてその路を選んだ。


2.怠惰に生きた代償を払い其処に転がり落ちた。


そして。


3.勤勉に生きて尚、その真面目さと不器用さが仇となった末に行き尽かされた。


動画から、またネットに書き連なった言葉の端を読みあさった結果、僕の独断と偏見も有りますが、この答えが導き出されました。
1に関しては自由を最期まで謳歌する人の気高さ。2はあまり好きな言葉では有りませんが自業自得。どちらにしろ・・・日本人1億2500万人も居れば必ずどこかしらに落ち着く場所が有るのだろうと云う意味では納得出来たのではありますが。

3に関して。少し前の話になりますがリーマンズショックから始まった日本経済の更なる衰退の副産物に飲み込まれた人達の歩まざるを得なかった路を思うと胸が苦しむのと同時に・・・僕自身は怠惰の部類に入るのでしょうが、もしかすると自分の行きつく末も此処なのかなと考えさせられます。

ホームレスとして生きると言う事は、文字通り「家が無い」と云う意味にも連なり、家が無い・・・住所が無いと云う事は仕事探しもままならず、まして、家の無い人間に就職を斡旋してくれる訳もなく、まるで螺旋階段を下るが如くずるずると墜ちて行く、すなわち、一度「住所」を無くしてしまえば最早「人間」と見なされずに如何に向上心が有れど親戚や友人等(住所や就職斡旋の意味も含む)のコネの無い人は其処に留まらざるを得ない状況になる事を、昨日になって初めて知りました。(但し、ホームレスの方に住所を一時的に提供し、就職の手助けを行う団体の存在も存じてはおります。)


僕は無知なのだなと改めて実感させられました。


例えば、今僕が実家を捨てて他都府県に仕事を探しに行ったとしても、奇跡が起こらない限りは恐らく3のスパイラルに嵌り、結果ホームレスへと落ち着くのだろうな・・・と。

ただ、住所を失うだけで人間としての尊厳すらも失ってしまう、そう考えると僕はまだ恵まれているのだろうなと考えるとともに、今から自分のやろうとしている事が如何に無謀なのかも考えさせられ・・・今日は何一つ「せいいっぱいのうんこ」を放り出す力も・・・無くなってしまいました。


でも、諦める事だけはしたくない。


神様って居るのかな?もし居たとしても、怠惰な人間には其の恩恵を与える事は無いのだろうなと、そして、その怠惰たる人間の見本こそが自分自身なのだろうと考えながらも・・・まだ、もがき続けたい所存です。

それでは。失礼いたします。
復帰二日目と云う事で、これまで何処で何をしていかの説明と、其れに付随する色々と思う所を書きたいなと思います。

僕が此のブログから姿を消してから相当な日月が経ちましたが、その間はと言うと・・・最後の駄目元で警察官採用試験の9月試験を受験したりしておりました。
頭の悪い僕も知恵と根気で一次試験は通過したのではありますが、二次試験、全力を振り絞るも結果不合格・・・倍率は20倍ほど有ったらしく30歳(当時)のロートルが体力面で若者や自衛隊上がりの人に勝つ事は容易ではありませんでしたが、それでも急歩という試験内容では、デブでオッサンで元・デスクワーカーのハンデを背負いながらも基準タイム内でゴール出来、また面接においても失敗も多々ありましたが自分自身で納得の出来る結果を出せたのではないかとそれなりの充足感と・・・恥ずかしながらちょっとの自信も有りました。

其れが原因なのか、不合格になったその日から燃え尽きた蝋燭の様な心境のまま、生活は荒み、心の持ちどころ此処に有らずという人生を約4ヶ月過ごして参りました。他人には馬鹿なピエロを演じ、自分には虚栄の防壁を作り現実という波から身を守る・・・そんな情け無い生活です。
『恥をかく』事を第一目的として友人達の飲みの誘いを受けて、飲み屋のねーちゃんに「今ナニしてんの?」と問いかけられるも「債権者から逃げてました」なんて恥をかくなんて意気のいい事を思い描いておきながらも・・・、性懲りも無い嘘をつらつら並べる自分の姿を帰宅した時に思い出すと、今でも拳が震える位の悔しさと情け無さでいっぱいになります。

ああ、僕は人生を生きる資格は有るのかな・・・なんて。

しかし、ある日旧年来の友人達と飲みに行った際、そんな虚栄と嘘と安っぽいプライドで固めたウジウジとそびえ立つ糞(俺)に対して、こんな良い言葉を享受してくれました。

「今の自分が一番」

そう、今の落ちぶれに落ちぶれた自分とて人生の選択肢の中では一番最良の存在、過去を振り返ればきりは無いですが、その考えに至れる友人の人生観の広さにとても感銘を受けました。

だからこそ、僕は胸を張りたい。今の無職で引きこもりニートで・・・それでも何とか居心地の悪い此処から抜け出そうとしている自分が一番なんだと。其れ以上も其れ以下も無い。今の自分のポジションを認める事の出来ない人間に、何処の他人がそんな野郎を認めてくれるのかと。

そんな心の葛藤の末に此のブログ並びに小咄向こうのブログ、そして何故か気の迷いから(正確には友人の勧めで)Facebookを初めてみたり。再開の裏側にはそんな理由が有るのです。

今はまだ面白い文章も誰か一人の人間の心を揺さぶれる文章も書ける自信は有りませんが、それでも、負けを認め、自分が社会の底の底で生き倦ねている事も認めてこそ、これからの・・・長いか短いかはわかりませんが「人生」を生き抜く理由を見いだせるのでは無いかな・・・と。邁進したい所存です。

しかし・・・今日一日、向こうのブログ始動のために色々と「面白い」を練り直していましたが、錆びた文章能力と語彙を生かしきるには、やはり・・・書く、書く、書き続ける・・・・それしかないのだなと。一生懸命に練ってみた「面白い」を便所でスカっと放りだせる大便の如く作り上げたいと考えながら・・・結局今の今までプロットを練るだけの一日となってしまいました。

昔は仕事から帰宅して3時間くらいの間に作り上げる事が出来たんだけどなぁ。。。

明日、向こうのブログに今僕が放り出せるだけの「せいいっぱいのうんこ」を見せつけてやろう。それが自分自身の脱皮・再生の礎とならんことを願いながら、今日は眠りにつきます。

おやすみなさい、昨日までの駄目な自分。
お久しぶりです。
と、書いても恐らく誰も読んではいないであろうブログでございますが、まぁとりあえず。お久しぶりです。anpoliことhisakiです。

前回の更新から既に1年近くが経ちましたがその間、山あり谷あり・・・いや、谷しか有りませんでしたが、まあなんとか色々と人生の踏ん切りが付きそうなので更新してみたいなと思った次第です。

と、同時に、ここ最近また小咄を進めてみようと画策しているのですが如何せん文章能力の劣化が顕著に表れており、リハビリも兼ねて向こうのブログも短期集中で更新していこうかな。なんて。

ともあれ、有る程度踏ん切りのついた人間はそこそこですが強いです、もう一踏ん張りして自らの足跡を少しでも深く刻む事が出来たら良いなと考えております。

しからば、また明日。
明日の自分は何をしているか大体予想が付く。
一週間後の自分も、1ヶ月後の自分も、まぁ大体予想が付く。

でも、1年後の自分が何をしているか・・・・考えたくも無い。

(僕の好きなマンガからの引用です)

現時点の僕が抱えている不安の一つについてです。

思えば、昨年の三月半ばで就職を決め、其の六日後にクビを宣告されて以来、僕の時計はずっと止まったままなのだろうな。と。

其の時計の針を動かすのは自分自身、其れを十分理解しているのですが、デザイナーとしても人間としても「生きる価値無し」と宣告されて以来、僕の人生の針は止まったままなのかもしれません。
警察官試験の応募に関しても、最早焼けのやん八で受けた故、どれほどまでに研鑽を次いでも、其処に確固たる理由を見いだせなかった時点で、僕の時計の針は一寸も動いておらず、身体だけが「どうにかしようと」躍起になり空回りしていた・・・・と云う感覚。「僕、無職ニート引きこもりですけど、何とか社会復帰を狙って頑張ってまっせ」と云うポーズを、資格・勉強と云う依代に縋っていた様に今からすれば思う所が有ります。

今は、明日すら見えません。

格好付けて生きたい。格好付けて死にたい。そう願えど無情にも時間は過ぎ去っていき、その日暮らしで煙草銭にも困り、一人になると頭を抱えて嗚咽を漏らし世界を憎む僕しか此処には居ないのだな・・・・と、2年前に病気を理由に退職せざるを得なかった僕はもう「死人」と変わらないのだろうなと、今しがた・・・・否、毎日考えております。

人は生を持って「生き尽くす」事が美徳とされる世の中で、僕の心は世間から乖離し、最早正常な判断を取る事すら出来なくなって来ているのだなと、其の病理に蝕まれる最中深く思いが巡らされます。

ただ。

例え死ぬにしても「自殺」なんて格好の悪い死に方はしたくない。せめて、僕の積んだブロック塀の一個、僕が片付けた廃材の一切れ、其れが誰かの役に立てば、其の上での「死」も本望なのかな?と考えが過るくらいにヤバい状態に陥っている事だけは確かです。

誰でも良いです「生きよう。生きろ。生きりゃ良い事も有る。生きる事に意味が有る。」そんな聞き慣れた陳腐なミュージシャンのファンフレーズの様な言葉では無く、本当の意味でも打開策を御教授きたい・・・・そう思いながらも、最後に決断するのは自分。僕が僕に取って恥じる事無き「人生」を歩み通すしか無いのだなと、心の平穏と確固たる信念が得られるまで、雌伏の時を歩まらざるを得ないのかもしれません。

長々愚痴となり申し訳有りません。

前へ。前へ。でも、前って何処だろう。後ろは沢山有るのに。前が見えません。
お久しぶりですanpoliことhisakiです。
2度目の警察官募集試験。見事一次審査での不合格となりました。
なんともはや。死力を尽くしたと言っても過言では無いこの半年間、其れが「点数」と云う区分けによって、僕という存在が全否定された瞬間でもあり、正直、意気消沈の限りでありましたが、日が経つにつれて色々と感慨深くも前を向ける様になったと自負しております。

特にテストに関しては、試験中に30点は確実に稼いだ自信が有りながらも結果は惨敗中の惨敗。箸にも棒にも掛からない結果に、僕と社会との大きな壁を感じざるを得ませんでした・・・・が、得た物も大きかったのではないかと今は思う所です。

地方公務員試験の難所である判断推理・数的推理はほぼ確実に解ける様になり(数学的要素が絡むと怪しい所では有りますが)機敏に問題の中に隠された真意を読み取る力、其れに関しては試験を受ける前よりも格段に力が付いたのではないかと、僕の中では確固たる自信を持っております。

特に勉強も佳境に入った際、「公務員試験のウラ(正式名称はナイショ)」と云う参考書を読み、筆記試験に関しては些か問題を「神聖視」しすぎて、1から10までの全ての知識をフルに活用して解かなくてはいけないと気負っていたのですが、其れが試験を受ける上での大きな穴と成る事に気付きました。

所詮は5択の引っ掛け問題。其の引っ掛けを作る人たちのウラのウラを読めば良いだけ、其れだけの事であり、問題を作る人。採用側の方々の思惑としては、頭でっかちに問題を隅々まで読み上げて知識のみで答えを導き出す事よりも、判断力と機転、そして問題傾向から間違いを見つけ出して消去法で答えていく事、その事が最も重要となのだと、今回の試験で特に確信を持ちました。(本当は更に裏技的な方法も有るのですが、其れを書いてしまうのもこれから公務員試験を受けられる方が読まれた時に問題の意図を勘違いしてしまいそうなので、この程度の表現でご容赦願いたく存じます)

そして。其処までの境地に達し自信を持って受けた結果がコレだった事も多分に承知しています。

今はまだ決めかねている状態ですが、これ以上母に迷惑をかけるのも心苦しいばかりなので、これで警察官試験を辞めにしようかな、と云う気持ちが、今、僕の心の八割を占めております。

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話は変わりますが、先の東日本大震災により太平洋側北部では今も生活に困窮されている方々が僕の想像の及ばぬ程に居り、昨日、被災地(東北三県では無く茨城県北部)に赴きボランティア活動をされてきた友人のお話をお聞きしました。
被災地の避難所には民営避難所(石原軍団が炊き出しに来る様な所)と認定されていないボランティアのみで運営されている非認可避難所の二つが有ると御聞きしました。
例えば、岩手県の大槌町や陸前高田市、宮城県の石巻市の様に「復興のシンボル」として多くの著名人やボランティアの方々が訪れる所も有れば、同じ被災地で有りながらその日の着衣にも困窮する被災地も有る事。其れを耳にした際、現在マスメディアで流されている情報は所詮奇麗な上澄みの部分を御涙頂戴で流しているだけに過ぎず、本当に助力を欲している所に物資が届けられないと云う現状・・・・僕は其処に憤りを感じずには居られず。今、此の時を利用し、少しでもお力添えに成ろうと、友人と連絡を取り実際に被災地で素人ながらもボランティアとして働いていきたいと考えており実行に移す所存です。

とりあえず、前へ。前へ。
「嘘を吐いた事はありますか?」

恐らく此の質問に「いいえ」と答えられる人は・・・・・世界中探しても100人も見つけられないと思います。
今日、何の因果か、普段は見ないテレビの二時間ドラマを見ていまして、ふと其の事が過りました。ドラマの内容については途中から見ていたもので全体的に話が把握しきれておらず意見・感想等は無いのですが、非常に印象的なシーンが有りました。

ドラマの終盤、過失致死を行ってしまった男性が、後日、幸せそうに同窓会に顔を出して旧友との親交を深める中、其の心には人を殺めたと云う思いが心を巡り、気が気ではなく、そして笑顔の裏側にどす黒い陰を背負わずにはいられなかった姿。

其の姿を見ていて、ふと自分自身と重ねて見てしまいました。

今年の三月末に祖父が他界した折、僕の友人達がわざわざ一度も顔を見た事の無い祖父の為に通夜に来て頂いた際、皆が皆、「でも、オマエは就職出来たんだから良かったじゃねえか!」「オマエは唯一俺等ん中で這い上がれる可能性を持ってんだから」と、2週間程前に就職が決まった事をメールで知らせていた所以、そう励まされたのでしたが、哀しい話ですが、祖父が他界する2日前に僕は既にクビになっていました。

僕は其の時、当たり前の様に「ああ、そうだね」と嘘を吐きました。

それだけではなく、葬儀に訪れた親族縁者の皆様にも其の事に触れられると「はい、そうです」と嘘を吐きつづけました。

当時は祖父の他界と重なり、時をほぼ同じくして起きた僕の失敗を親族縁者そして友人等に話す事は、祖父の他界に輪をかけて他の方々に苦い思いをさせてしまうのではないかと自己判断し、唯一真実を知る母に先にこう述べるので真実を明かさないで欲しいと口止めし、嘘を吐き続けた思い出が、ドラマの内容と重なって思い起こされて、ふとメランコリックな気持ちにさせられました。

今思えば、四十九日を過ぎた日に叔父叔母には真実を述べて謝罪しましたので、嘘に嘘を重ねる過ちを犯さずには済みましたが・・・・以後、友人等には2ヶ月以上連絡をとらず(電話が来てもメールが来ても返事をせず)ただ、一人・・・・自分の吐いた嘘に悩み苦しんでいた事、そして、勇気を振り絞って友人等全員にあの時は嘘を吐いていた事の謝罪を行った事。それで禊は済んだ等と思い上がっていた節も有りましたが、上記のドラマのシーンを見て、禊でも何でも無く、嘘は嘘として延々自分自身を縛り続け、自分自身を其の呪縛から解放しない内は、嘘との決別とは言い切れないのではないかと、心の奥に潜んだ後ろめたい気持ちが胸をぬるりと上って来た瞬間、ふと気付かされた次第です。

今、其の嘘と決別、過去の弱く脆く・・・・そして其れが故に無駄なプライドだけで肉体を象っていた自分との決別、そのために、大型自動車免許を取得し、柔道を習い、簿記の勉強を行い、ひいては其れが目標として警察官になるための一つのステップであり、その階段をまだ一段一段自分の歩みで上らざるをえないのかと考え、今を生きている次第です。

嘘とはとても重たいもので、嘘を吐くとまた其の嘘を覆い隠すためにさらに大きな嘘を吐き、雪だるまの如く自分の心にのしかかるものだと僕の中では自覚しています。その嘘との決別、否、過去吐いた嘘を『是正』し、其の嘘もまた自分の一つの過ちで有り階段の一歩に過ぎなかったと考え、その段に嘘を置き去る事が出来る日はそう遠くはないと思いますが、せめて此のブログに記した上で、所信忘れずに歩みたいなと考えています。
こんばんは。anpoliことhisakiです。

約1ケ月ぶりのブログ更新と相成りましたが、いったいその間何をしていたのかと申しますと、柔道の鍛錬はもとより、其れに対しての筋肉強化を予てのジム通い、そして、大型自動車の免許取得を目指し、見事、先週末に大型免許を合格しました。

といっても別にトラック運転手になるワケでは無く、警察の一次試験の際の書類選考時の加点対象となるが故取りにいったっという不純な動機なワケで、担当教官からも「そんな不純な動機で免許取っても実際加点してもらえんぞ」と詰られた次第です。

しかし、自動車学校と柔道、そしてジム、時間が空けば勉強と、三つの事をこなしていると・・・・哀しいかな、ブログ更新の方まで頭が回らなくなり、仕事もしてないのに、毎日クタクタになっています。
ふと思うのですが、毎日クタクタになるとブログを更新しなくなると云うのは、やはり今の人生が順調に有るからなのかな?なんて思います。
夢に向かって最大限の努力をする。ただそれだけで、僕自身の心が満たされ(若しくは埋め尽くされ)ブログ更新、若しくは小咄更新まで頭が回らない事・・・・それは・・・・本当に幸せなことなのか・・・・。最近とみに考えさせられます。

何にしろ、一回きりの人生、何も試さず闘わず、流れに流されて生きるよりも、何か一つ目標を持ち、其れに邁進する事こそが良い。そう考える時期も有りましたが、まだ警察の試験まで6ヶ月以上有ります。そんな中で、ふと、充実しているものの・・・・「本当にやりたい事って其れなの?」と、つい自問自答を繰り返している毎日です。

ただ、今日。始めて本気の師範と乱取りを行って大外刈りで一本(其れ以外はぼろぼろ)取れた事、それに喜びを感じながら今夜は眠りにつきたいなと思います。

おやすみなさい。そして、また明日も頑張ろう。
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自己紹介:
突然「趣味?」って聞かれてもなかなか難しいもんですね。
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